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東京簡易裁判所 昭和30年(ハ)539号 判決 1957年3月25日

原告 ルイヂ・ヂユランテ

被告 日の丸タクシー株式会社

主文

被告は原告に対し金四千円を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その二を原告、その一を被告の各負担とする。

この判決は原告に於て金壱千参百円の担保を供するときはその勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事  実<省略>

理由

一、原告主張の日時場所で原告運転中の乗用普通自動車と被告会社の雇人なる訴外大谷金治が被告の業務として運転中の乗用小型自動車とが接触し、因て原告の自動車がその左側フエンダー(泥除板)に損傷を蒙つたことは当事者間に争がない。

二、原告は右自動車の接触は右大谷金治の運転上の過失に因るものであると主張し、被告は右は原告の運転上の過失に因るものであると抗争するので審按するに、検証及証人大谷金治並に原告本人尋問の結果を綜合すると昭和三十年二月十日午前零時頃原告は前示自動車を運転して別紙添附図面(省略)表示の広尾高校方面より時速三十乃至四十粁の速度で同図面表示渋谷駅方面に至るべく、渋谷区中通り二丁目三番地先の狭い道路から広い電車道路に入る十字路(同図面A点)に差しかかり右折しようとしたところ左斜め前方の電車通り西南寄りの個所(同図面C点)に渋谷駅方面に向い時速約四十粁の速度にて疾走中の前示大谷金治運転に係る自動車を認め且つ右斜め前方の電車通り西南端(同図面Y点)に駐車中の乗用自動車を認めたので原告は直に速度を時速四乃至五粁におとし、電車道路を道路交さ点の中心(同図面O点)内側を廻つて右折し、同図面X点まで稍左斜めの方向に進行した時、同自動車の左側前部に前示被告自動車の前部が接触したので原告は直にブレーキをかけて急停車の措置を採り約五、二米先の地点(同図面B点)に至り停車したこと、及他方訴外大谷金治は同夜同図面表示の天現寺橋方面より被告会社の自動車を操縦して渋谷駅方面に向うべく電車通りの左側を時速約四十粁の速度を以て同図面C点附近に差しかかつたところ、前方に駐車中の乗用自動車(同図面Y点)を発見したのでこれを避けるため稍右寄りに電車軌道内に入つて進行中同図面D点に達したとき、同図面A点に右折せんとする態勢にある原告の自動車を認めた。よつて何時でも足を制動機にかけられる状態においたがブレーキをかけることなく進行中、本件道路の交さ点を過ぎる頃稍先行していた原告の自動車が被告自動車の進路の方向に稍左斜めに接近して来ることが判明したので急拠ブレーキをかけたるも及ばず五米余を進行した同図面X点に於て被告自動車の前部と原告自動車の左側前部とが接触するに至つたことが認められる。

甲第一号証の記載及証人太田武、同勢子忠義、同大谷金治の各証言並に原告本人の供述中前記認定に反する部分は何れも措信し難く他に以上認定を覆すべき証拠はない。

三、以上の事実によると訴外大谷金治は前示Y点に駐車中の自動車を避けるため右寄りに電車軌道内を進行中D点に於てA点の右折せんとする原告の自動車を認めた際、直にブレーキをかけて速度を調節する等、何時原告自動車が道路の左寄りに被告自動車の進路に向つて進行して来ても之に接触することなきよう万全の処置を構ずべき業務上の注意義務を有するに拘らずこの挙に出でずしてそのまま進行し、原告の自動車が被告自動車の進路に向つて斜めに近接するに及んで始めてブレーキをかける処置に出たのは前示業務上の注意義務を怠つたものと言わざるを得ない。

四、又他方原告は狭い道路から広い電車道路に入るべくA点に達し渋谷駅方面に向つてC点を疾走中の被告の自動車を認めた際にはY点に駐車中の自動車をも認めたのであるから、被告の自動車が右Y点の自動車を避けるため電車軌道寄りに進行し来るべきことは当然予想し得べきところであり、従て直に一旦停車して被告の自動車の前方通過を待つか又は停車せず徐行して右折した場合に於ても右被告自動車の進路を避けて進行する等、何れにしても広い道路に在る被告の自動車に進路を譲る方法を採り、接触の危険を未然に防止すべき業務上の注意義務を有するに拘らず前示進路を譲る措置に出ることなく右折後道路の稍左斜めの方向に進路を採つたため被告自動車と接触するに至つたことは前示運転上の注意義務を怠つたものというべきである。

五、この点について原告は原告がA点に於て認めた時の被告の自動車はその道路上にあつた位置(C点)から考えると道路交通取締法第十八条第一項所定の広い道路に在る車馬の範囲内に属しないものであると抗争するので按ずるに車馬が狭い道路から広い道路に入ろうとするとき広い道路を進行中の他の車馬を認めたときは他の車馬の地点、速度、進行の方向等から合理的に判断して自己の車馬がそのまま安全に通行できることの明かな場合でない限り他の車馬は道路交通取締法第十八条第一項にいわゆる広い道路に在る車馬であり之に進路を譲るべきものと解するのを相当とするところ、本件に於ては当時被告の自動車の地点、速度、進行方向等を考えると、原告の自動車は本件のような進路を採るに於てはそのまま安全に通行できることが明かであるとは判断し得ないところであり従て当時の被告自動車は前記法条にいわゆる広い道路にある車と解すべきであるから前示原告の主張は理由がない。

六、以上の通りで本件自動車の接触は原告及訴外大谷金治の共同過失に因るものと認むべきである。

而して原告本人の供述及右供述により成立の真正を認め得る甲第二号証によると原告は右接触のためその主張(注・左側フエンダー(泥除板)に損傷)のように合計金壱万四千四百円の損害を蒙つたことが認められ、右認定を左右すべき証拠はない。従つて被告はその被用者たる大谷金治の被告の事業の執行につき原告に加えた損害を賠償すべき責あるものと言うべきである。然るに本件損害の発生については被害者たる原告に於ても過失の責あること前示の通りであり、又本件接触に因り被告の自動車も前照燈の枠、右側硝子及前部泥除板等に損傷を蒙り、被告はこれが修理に約金参千円の費用を支出し同額の損害を蒙つたこと証人大谷金治の証言によつて窮知し得るところであつて右認定を覆すべき証拠はないので以上諸般の事情を斟酌し被告が原告に対して賠償すべき損害額は金四千円を以て相当と認める。

よつて原告の本訴請求は被告に対し金四千円の支払を求める限度に於て正当と認めその余は失当として棄却すべきものとし、民事訴訟法第八十九条、第九十二条、第百九十六条を適用して、主文の通り判決する。

(裁判官 松浦嘉七)

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